小説

私って「都合の良い女」かも? 愛と執着

京華です、こんにちは。

本日、紹介したい本は

愛がなんだ」(角田光代)

です。

こんな方におすすめ

  • はっきりしない彼氏との関係性に悩む女性
  • 私って都合のいい女かも?と思ったことのある人
  • なんでこの人とつきあってるのだろう?と頭をよぎったことのある人

 

あらすじ(ネタバレなし)

主人公テルは、どこにでもいそうな普通の20代後半のOL。

ある日、友達のパーティーで紹介されたマモと会ってから、彼女の世界は変わった。

それまで単一色だった彼女の世界は、「好きである」と「どうでもいい」とに。

「好きである」はマモ、「どうせもいい」は仕事・女友達・自分自身への評価というふうに。

夜中の突然の呼び出しも喜んで受け、泊まらせてももらえずに帰宅する。

そんなマモ一色の価値観は、彼女から女友達も仕事も奪っていく。

それなのにマモは彼女に報いることはない。

テルは「私は一体あなたの何なの?彼女だよね?」と問い詰めることもできない。

そんな日々が過ぎ・・・

 

読書後の感想

新聞の書評に、角田光代さんの他の本がおすすめされていたので、ついでにこの本も読んでみました。

読んでいる途中まで、主人公のテルはなんて愚かな女なんだろうと思っていました。

こんな自尊心のない女、都合良く扱われる女が、存在するのか?と。

同じ女として、嫌な気分になると同時に呆れました。

しかし、読み進めていくにつれ、

マモみたいな性格の男は、

まじめでちょっと自己肯定感低めの女にとって「鬼門」かもしれないと気づきました。

すると、ちょっと違った角度から読むことができました。

 

まじめな自己肯定感低め女子

私はテルの性格を「まじめ」「自己肯定感が低め」と分析しました。

テルはマモとの関係を曖昧な関係だと認識しています。

「セックスしたから単なる友人ではない。でも、私のことをすごく好いていてくれる恋人でもない。」

こういう曖昧な関係。

曖昧さがイヤだから、せっせとマモに尽(つ)くします。

(彼女自身は”尽くす”とは思っていないけれど)

いつかは彼がちゃんと自分と向き合い、恋人として扱うことを望みながら。

心理学に「返報性の法則」という考えがあります。

人は好意を受けると、その好意に報いたくなるという心理です。

何かをもらったり、誰かから助けてもらったら、人はもらったままの状態でいることに居心地の悪さを感じ、好意のお返しをしたくなりますよね?

そういう気持ちです。

彼女は、過去の失恋の経験や親との関係から、自己肯定感が低く、自分はいるだけでかけがえない存在なのだとは思ってはいません

だから、相手に好意をしめさないと、自分は好意を返してもらえない、と思っているのかもしれません。

たまにみせるマモの優しさに、テルは「全てが報われる」と満足してしまうくらいなのです。

そして、まじめなので、どこまでものめり込んでしまう。他の男性を視野に入れるいいかげんさもないのです。

そして、テルは変に冷静でプライドの高いところがあります。

テルの過剰な干渉をマモが嫌うことは知っているので、

急な呼び出しに応じるくせに偶然近くにいただけだとを装ってみたり、マモに気になる人が現れたときも、3人で会ったりします。

彼女の本心は、つきまとっているように思われずに、マモに会いたいのです。

(読んでいるこっちが、悲しくなってしまいます)

 

「ここまでのめり込むか?」はさておき、

まじめで、自分に自信がない人って、よく考えたら、普通にいますよね?

程度の差はあれ、私自身も含め、テルというキャラクターはだれにでも当てはまりそうな存在なのです。

 

想像力欠如の草食系男子

私はマモにも大いに問題があると思いました。

マモの性格を「自己中心的」「想像力欠如」「草食系」と分析しました。

女を手に入れるために、あることないこと言って女の心と身体を攻略していくのが一昔前の悪い男だとするなら、

今時の悪い男はこういうタイプなのではないかと思いました。

マモは、会社勤めをしていて、並の外見をしている、どこにでもいる普通の男です。

(見た目からワルっぽい男なら、テルのようなまじめな女は最初から近づかないでしょう)

デートする相手としては申し分なく、寂しさを紛らわせることもできます。

「この人良さそう」と思って付き合い始めると、妙に曖昧で、甘えてきたり、突き放したり、テルを翻弄します。

マモが身体目当ての肉食男子で、テルに対してあからさまな態度で接するなら、テルは「身体だけの関係でいいか?」と踏ん切りもつけられそうなのに、それもない。

(草食系男子だから、そっち方面もそんなに欲がないのかもしれません)

「自分はたいした男でもないのになんでよくしてくれるの?」と訊く、妙な卑屈さも見せます。

彼はテルの想いを知っているはずなのに、

そこから先の進展をテルが望んでいるのだとは想像しません。

「ご飯食べて、飲みに行って、たまにはセックスもする、いい友達」

頭の中を言語化してはいないだろうけど、マモはテルをそう認識しているのでしょう。

彼は自分勝手で想像力が足りないので、この関係の曖昧さが、テルをどれほど傷つけているか理解しません。

マモは無意識にしろ、この都合の良い関係を手放したくないので、テルに別れを切り出しません。

心がふわふわとした、性根のない人だと言えましょう。

 

処方箋

曖昧な関係がイヤなら、勇気を出して確認する

この二人、常にマモが二人の関係の主導権を握っています。

そして、それは主導権を許すテルにも問題があるのです。

テルは、根がまじめだから、曖昧な関係に我慢ができないにもかかわらず、

「私って彼女?それとも、友達?」と、確認しません。

関係性を問いただす事で、マモのイヤな真実が見えるかもしれないし、別れが訪れるかもしれないからです。

マモと別れ、一人になるのが怖いのです。

相手に問うことで、お互いの望みをすりあわせていけるなら良いのですが、

決定的に互いの望みが違うものなら、妥協点はなく、どちらかが我慢することになります。

それでも関係を続けたいのなら、それは執着でしかありません。

 

恋愛の楽しさは、いつかは色あせると心する

彼一色の世界に住んでいて、自分を失っているのは、ある意味恐ろしいことです。

恋愛の初期段階はすごく楽しいです。まさに人生バラ色です。

でも、いつかは色あせるのだということを覚えておいた方が良いでしょう。

恋愛初期から、そういう事を念頭においたほうがいい。

自己防衛になります。

 

自分の世界を持ち、自己肯定感を高める

あえて自分の世界を持ち続けます。

熱愛中はつまらなく感じるかもしれません。

でも、彼に振り回されない世界の存在は、自分を冷静にさせます。

自分軸ができます。

自己肯定感が高まり、自分に自信を与えてくれます。

彼が去って行ったとしても、寂しさを紛らわせるし、立ち直りが早くなります。

彼から理不尽な要求をされたら、断ることができます。

 

執着しない 依存しない

寂しいのはイヤ、別れたくないということで、理不尽な状態を我慢しているのだとしたら、それは執着であり、彼に依存しているのです。

自分の想いだけが空振りして、それが割に合わないと感じ始めたら、関係は終わり。

それでも、関係を維持したいと思い、相手に入れあげる人がいます。

それは愛情からではなく、執着からくる感情です。彼に依存しているのと同じです。

それを防ぐには、自己肯定感を高めておくことが大切です。

 

曖昧な関係も許容する

一方、別角度から考えて、こういう見方もできます。

マモは曖昧な関係を楽しんでいます。

むしろ「彼氏・彼女の縛りがない関係」を望んでいるようにも思えます。

こういう男に対しては、女も気持ちをトーンダウンした方が、精神的に気がラクになります。

要するに「ほどほどの関係」です。

「彼と会っている時間も楽しいけど、別なことをしている時間も楽しい。

普段は彼のことは思い出さない」くらいの気持ちの余裕です。

ちゃんと自分軸があれば、ほどほどの距離感をもった曖昧な関係というのも受け入れることができます。

のめり込むことはありません。

相手に自分の全てを注ぐから、曖昧さではいられなくなるのです。

「ちゃんと私の献身を返してよ」

といいたくなるのです。

こちらだけが、心神すり減らすなんて、人生の損だと思いませんか?

曖昧な関係を受け入れつつも、別な出会いを探すのは、

不実でもふしだらでもないと思います。

はっきりしたがらない相手が悪いのです。

人生の時間は有限 出会いは必ずある

不幸にして、こういう男にハマったことがあるなら、

ひとつ経験が増えたと前向きにとらえるしかないです。

そして、次に付き合う人がこのタイプでないか判断するための嗅覚を磨きましょう。

「出会いなんてない、この人を逃したら一人になっちゃう」と思わず、

自分の世界を作りましょう。

自分に夢中になっているとき、人は魅力的になります。

そして、自分の価値に相応しい人と出会えます。

 

最後に

一冊の小説で、ここまで深掘りするのは、私にとって初めてのことでした。

恥ずかしながら、実は私も、性根のない草食系男を好きになったことがあります。

テルほど、のめり込みはしませんでしたが、過去の自分に「しっかりしろ!」と言いたくなって、この記事を書いてしまいました。

そんな執着の日々から解放されたのは、自分がとても疲れていることに気づいたからです。

楽しいと思えなくなったその時、執着から解放されました。

 

最後にブッダの名言から

執着は苦しみの根源である Attachment is the root of suffering.

以上、愛情か?執着か?分からなくなって、悶々としている人にこの小説を送ります。